シーシャの歴史前編

シーシャの起源と歴史【前編】-16世紀から19世紀にかけての歩み-

  • 6月 12, 2021
  • 12月 15, 2021
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シーシャに魅了されるポイントとして、シーシャが16世紀から持つ長い文化があります。諸説あるシーシャの起源ですが、ほとんど一致しているのが、インド発祥だというポイントです。

今回は、16世紀に遡って19世紀までのシーシャ,水タバコの歴史をまとめてみます。後編がありますので、こちらもチェックしてみてください。

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シーシャの歴史後編

16世紀のシーシャ~

現在、私たちが知っている形の最初のシーシャは、イギリス東インド会社を通じてインドにガラスを輸出した結果としてインドのガラス製造が始まった16世紀のインドにまでさかのぼります。

この時期では、インド社会の貴族の間では喫煙が人気でした。

「シーシャ」と呼ばれるガラスベースの水を通して煙をフィルターで濾過するシーシャが発明されました。

シーシャは開発されてすぐに貴族が彼らの高い社会的地位を示すための方法として地位を獲得していました。

17世紀のシーシャ~

17世紀になると、シーシャはペルシャ文化の一部となり、アジャミと呼ばれる強くて濃い葉のたばこの葉が使用されていました。この時にはまだ、現在のようにフレーバーの味は誕生していません。

職人は美学に誇りを持ち、木工を通してパイプの外観を再定義しました。

この17世紀になって初めて、シーシャは誰もが利用できる嗜好品になりました。

一方で、上流階級ではシーシャ専用の使用人の業界が生まれました。当時のシャー(インドの王様)でさえ、シーシャのために彼自身の使用人がいました。

18世紀のシーシャ~

シーシャはトルコ文化にも影響を与え、トルコ社会でも更なる進化を遂げるようになります。

トルコに水タバコの文化が伝わり、18世紀の間、さらなる革新がシーシャで起こり始めました。

まだ18世紀の初頭ではシーシャの外観は装飾がなされたりはしておらず、豪華なものではありませんでした。しかし、鍛冶屋が複雑な真ちゅうのデザインを鋳造し始め、パイプを王室や宗教的な装飾を施し、シーシャを飾るようになったため、質素なデザイン製のないシーシャは次第に姿を消していきます。

水ギセルはトルコの上流階級で一般的になり、また、インドと同じように地位の真の象徴ともみなされるようになります。

シーシャは、トルコの王室の夕食後や外交会議でさえも喫煙されていたといいます。ゲストに水ギセルを提供することは信頼の証とも考えられ、差し出されたシーシャを断ることは侮辱とも捉えられていたそうです。シーシャハラスメントですね。

19世紀のシーシャ~

シーシャのカルチャーは19世紀を通して中東に広まりました。

エジプトでは、以前に見られた伝統的な形のタバコが、蜂蜜または糖蜜をタバコと混ぜられるようになりました。これが今のような味のするシーシャフレーバーの原型とも見えます。

当時は、そのフレーバーは「Mu’Assel」と呼ばれ、直接「蜂蜜入り」と訳されるそうです。

「Mu’Assel」は一般に、乾燥レモン、ブドウ、スイカ、ミントが追加されたフレーバータバコを指します。

シーシャはこのようなさまざまなフレーバーが登場したことで、一般社会にも広がるようになりました。この頃から、シーシャカフェは増え続けています。人気が爆発し、そのニーズに応えるようにシーシャカフェの数も増えていったそうです。

シーシャは、階級、人種、性別関係なく、常連客の間でコミュニティを作り上げていたそうです。

今と同じように、コミュニティを作り上げ、新たな出会いや、深い議論を生み出す人間関係の潤滑剤としての役割をこの頃からはたしていました。

シーシャの起源と歴史【前編】はここで終了です。続きが気になる方はこちらの後編をご覧ください!

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